mapleの自由帳

数学と音楽に生きています。

OMCとどう向き合うべきか

はじめに

 OMC(OnlineMathContest)というコンテンツが現在の形で誕生して,そろそろ2年になります. 
 ありがたいことに去年から運営をやらせてもらっており(対外的にはプロブレムマネージャーなる役職を名乗ることになっています),利用者も順調に増えてサービスとしてもかなり安定してきました.まずは利用していただき,そして盛り上げていただき,本当にありがとうございます.しかし世の中,なにごとも受容が進むにつれて一定の批判や懐疑の目が付きまとうものです.最近こうしたトピックについて人と喋っていろいろ考えたこともあったので,現時点での僕の考えをまとめておきたいと思います.わざわざ楽しんで利用していただいている皆さんに運営側がとやかく言うのもどうかとは思いますが,しかしこれを運営の人間から発信することには一定の意味があると思います.

 もちろんのこと,これは完全に僕個人の考えであって,運営の見解ではまったくありません.加えて,運営の人間がサービスとの画一的な向き合い方をユーザーに押し付けること自体はかなり不健全だと思うので,あまり真に受けすぎないでください.自分の中でちゃんと納得できる思想がすでに構築できているのならば,なんら問題ないのです.

あなたが大学(院)生・社会人である場合

 わざわざ僕から申し上げることは無いでしょう.こうした層にとってはOMCは完全なる娯楽でしかないはずですし,自分の時間の使い方には自分で責任をとれる段階にあると言うべきでしょう.
 基本的には中高生がユーザーの軸をなすと思われるこのコンテンツにおいて,学生や社会人の皆さんも多く参加していただいて(場合によってはwriterやtesterも積極的にやっていただいて)盛り立ててくださるのは実にうれしいことです.特に,すでに数オリなどの世界で大いに結果を出すなどして名声を勝ち得ている方々に遊び場として使っていただけるのは,コンテンツの信用度が高まるという意味合いにおいても,本当にありがたいことです.
 しかし本当に重要視すべきなのは,そうではない層でしょう.日ごろ数学に触れる必要の無くなった方が,趣味として数学に触れるという観点において,OMCは優れたサービスなのではないかと自負しています.また,中高時代に競技数学の世界に触れる機会が残念ながら無かったような方々にとっても,良い機会を提供できているのではないかと思います.
 ぜひよき先達として,これからも界隈を盛り立てていただければと思います.

OMCと数オリはどのような関係にあるのか

 さて,問題はあなたが中高生である場合です.
 「OMCの問題に取り組むことは,本質的には他の何のためにもならない」といった主張は遍在しているものです.これは僕も全面的に同意できるものです.たしかにOMCの問題傾向は,本当に根本的なところでは数オリに寄っていることは間違いないとは思いますが,とはいえ奇妙な凝結を遂げていると思います(もちろんのこと,これは現実的にも形式面に多くを依っているところはあるでしょう).
 では,それゆえにOMCは無価値になってしまうのかというと,違うでしょう.OMCの大きな特長としては,大雑把にまとめてしまえば,日常的に刺激的な場を提供することで,年にわずか数回のコンテストにすべてを依存していた状況に終止符を打ったことにあるといえるでしょう.これによって,必ずしも数オリの世界で結果を出していなくても,界隈に自然に入り込むことができ,様々なバックグラウンドの人と等しく競ったり,問題を解いてもらったりすることが容易く可能になったわけです.こうした点において,問題傾向がどこにも従属していないから云々というのは,不毛な観点と言わざるを得ないわけです(もちろんのこと,単に関係が薄いということでとどまればよいものの,有害に作用する場合は考えものです.しかし,そう後ろ指を指されるようなものはさすがに提供していないと信じています).少なくとも,数学オリンピックの結果によって立ち位置がなんとなくすべて決まってしまうというのは,それはそれで不健全であることは認識せねばなりません.数オリで結果を出したから偉い,そうじゃないから偉くない,そういう世界であってはなりません

 しかしながら,やはり数オリというのは輝かしい最高峰であって,他には替え難い権威なのです.少なくともOMCを頑張る熱量があるような人であれば,せっかくならばその時間で数オリにも取り組んでほしい.ここで言う数オリとは,もっぱら求値問題ではなく証明問題,すなわち本選より先のことを指します.残念ながらほとんどの人は予選通過を目指しているうちに数オリ人生を終えてしまうわけですが,証明問題に取り組んでこそはじめて数オリというものです.とにかく,一定のレベルまで到達した中高生の人には,OMC自体を目的にせず,OMCへの取り組みについても根本には数オリを目的に据えてほしい.

あなたが競技数学に触れて間もない中高生の場合

 こうした人にとっては,OMCの問題は良い素材を提供すると思います.いきなり証明問題に取り組める人はいません.なにごとにもまず基礎トレが必要です.なんらベースが出来てない状態でやみくもに出来るはずもないことに取り組んでも,ひたすら時間の無駄です.そうした点において,OMCの特に400点以下の問題は,数オリに限らず一般にproblem-solvingに取り組むにあたって本当に最低限の枠組みを与えてくれると思います.
 ここで注意すべきなのは,過去問を「埋める」行為に躍起になってはいけないということです.次第に「埋める」こと自体が目的になってしまいます.何のために問題を解いているのかを見失ってはいけません.問題を解く行為は,つねに楽しさを伴わなければ途端に虚無なものになりますから,まずは純粋に興味を持った問題を適当に解いてみましょう.加えて,答えを出すこと自体ではなく,解説などを通じてエッセンスを学ぶことの方が重要であることは忘れないようにしましょう.特に,一定の時間考えてもわからない場合,そもそも何らかの知識や技法が不足している可能性があり,ひたすら無為な時間を過ごす可能性があります.上手に諦めを付けて,気安く解答を読みましょう.

あなたが競技数学にしばらく触れている中高生の場合

 さて,ある程度の段階まで到達した場合,あなたが演習として取り組むべきものはもはやOMCの過去問ではありません.例えばAoPSというサイトに,コンテストの過去問が世界中から収集されています.ここから簡単な証明問題に次々取り組んでみましょう(これだけ膨大な数のコンテストがあるので,その選び方も重要ではありますが,それはここでは扱いません.困った人は僕にでも相談してください.とはいえ,これだけ数があるということは,言い方は悪いですがある程度は雑に使って良いというわけです.上にも書いた通り,一部の大事そうな出典を除いて気安く使い倒しましょう.徐々に自分に適した素材というものが判断できるようになってくるはずで,そのためには一定の時間が必要です).
 もちろんのこと,過去問を解くなという意味ではなく,純粋に面白そうと思った問題はぜひ解いてほしいですが,主たる演習の素材ではもはやないということです.仮にそれが予選対策だとしてもです.そもそも予選は個別に対策するものではありません.本選形式への対策を通じて実力を付けて,どうにかこうにか通るものです.直前に多少のチューニングは必要かもしれませんが,それは過去問で十分です.

 なお,どこでこの「競技数学にしばらく触れた」という段階に移行したとみなすかは本当に大事なのですが,300点問題がそこそこできるようになってきた,400点問題も解けるときは解けるようになってきたというくらいであれば,もう十分だと思います.ratingを基準に考えるとすれば,遅くとも水色以上になったらもう今すぐにでも移行しましょう.仮にあなたがもはや中高生でなくなった場合も,数オリの証明問題による学習を通じてOMCに還元することは非常に有意義だと思いますし,何より証明問題も純粋にとても面白いものです.

作問をしよう

 ところで,OMCも数オリも全部ひっくるめて,根本的に競技数学の営みじたいを批判する声というのも後を絶たないものです.これについてはここでは受け付けないものとしますが,それに立ち向かう強力な営みが作問です.
 「所詮は人間が解くことを前提に人間が作ったものを解いたところで,何の意味もない」というのが一つの論点になりがちであり,確かに何にせよゆくゆくは傾向と対策の範疇に収まってしまうという点においてこれは一理ある主張ですが,作問という極めて創造的な活動によってこれを霞めることができます.作問は,研究活動を限りなく近い形で疑似体験できるものです(そもそも,僕はコンテストに出題されるような問題に取り組むことに関しても,一定の意味で研究活動の近似物とみなせると思っています.自分の持てる武器を全活用して,少なくとも自分にとって未知の問題に挑むという点において,それが自分以外にとって未知であるかはさほど関係ないと思っています.これらは大雑把な主張なので,思うところがあったとしてもあまり本気になって突っかかってこないでください).それに,純粋に自作問題をあれだけの人に解いてもらえる(しかも過去問として残り続ける)機会というのは,そうそうあるものではありません.何よりも,作問を通じて,既存の問題を解くことについても大いなる成長を期待できることは確かです.
 ただし一つ言えることとして,作問者個人を批判することは絶対にやめましょう.運営を批判するのは自由ですが,相手も人間です.コンテストに出題された問題は,我々が責任をもって選んだものです.問題の好き嫌いなどそのレベルの議論を封じるとそれはむしろ風通しが悪いですが,明らかに一線を踏み越えた批判(あるいはもはや批判なのかわからない何か)を目にすることはしばしばあります.

OMCのレーティングは,何にもならない

 上で競技数学に対する批判を取り上げましたが,特に数オリに対して起こりがちなもっとも遍在的な批判としては,「結果が出なかったことによって,自分に数学の才能が無いと勘違いして,その道に進むことを諦める人が出てくる」というものがあります.OMCも同様の危険を存分に孕んでいます.個々のコンテストの成績はまだしも,レーティングという指標が存在してしまっている以上,ユーザーがそれによって必然的に階層分けされてしまう(それが何を意味するかはさておき,少なくとも単なる区分として)という残酷な現実があります.
 OMCのレーティングは,OMCから一歩でも出てしまえば何をも意味しません.サービスの運用を幾ばくか簡単にするために設定されているといった程度に軽くあしらっていただくべきです.もちろん一つのモチベーションとして,すなわち正の動機のために利用していただく分にはご自由ですが,負の動機につながってしまうことは避けねばなりません
 まず,結果があまり出なくなったとき,それは得てして持てる才能が足りないからではないということは強調しておきたいです.才能が全く関係ない世界とはさすがに言えませんが,それを努力でカバーできる世界だと思います.IMOの日本代表を目指すといったフェーズになってくるとなかなか一筋縄ではいかないものですが(これを僕が言うのもおかしな話なのですが,残念ながら),たとえばJMOでの入賞を目指すといったフェーズであれば,一定の量・質の努力を積むことで確実に到達できるものだと僕は信じています.さらに,上で散々論じたことですが,OMCの実力と数オリの実力,さらには純粋数学の世界で活躍する実力というのは,(前の二つに関しては丸っきりかけ離れているとまでは言い難いですが),直接的には影響しないことは絶対に忘れてはなりません.
 OMCの内部であっても,上で数オリについて書いた通り,OMCのレーティングが高いから偉い,そうじゃないから偉くない,そういう世界であってはなりません.とにかく,一本の物差しで価値判断を行うことは,なにごとにせよ著しく危険なのです.そもそも,これを言ってはおしまいでしょうが,個々人の良心にすべてを委ねざるを得ないルール設定である以上,レーティングの信憑性が薄いことも確かです(ただし複垢に関してはけっこうすぐバレます.やめましょう.アカウントの削除機能が搭載されたらふつうにBANしちゃいますよ).またマネタイズの観点からもレーティング(というかユーザー個人)を利用しないようにというのはつねづね懇願しています(マネタイズに関しても多くの意見があると思いますが,世の中どうしてもサービスの運営にはお金が必要なのです.我々は商売をやるつもりはもちろんありませんし,手段に関してもできるだけ穏健に裏側で済ませようとしています).
 加えて,他力本願ではありますが,これには界隈の空気づくりも重要だと思います.上位層が決して排他的な空気を作ってはなりません.そして,今のところはありがたいことにそれが保たれているのではないかと思います.根本的には競技数学への門戸を拡げるべく誕生したこのサービスが,その門戸をより閉ざすことにつながってしまっては,本末転倒も良いところなわけです.
 とにかく,レーティングを1でも上げることを前面の目標としてOMCをやるのは,極力やめていただきたいです.純粋に問題を解くことや,コンテスト一回一回ごとに仲間と競うこと自体を楽しむというのを,前面のモチベーションには据えていただきたいです.楽しくなかったらまったく意味ないですからね.

ユーザー拡大を目指すにあたって

 さて,現状のOMCの利用者層というのは,かなり特殊です.そして,ほとんどの人にはOMCの問題はどれもおそらく難しいです.
 現状として,独特な問題傾向とは言いつつも,平均すれば劣化版数オリであることは否めません(当然です.年に数回の最高峰が,真に高質でなければ困ります.もちろんのこと,局所的にはOMCにも誇れる素晴らしい問題が出題されています).そして,どうしても数オリ気質でない,特に受験数学の空気が強い問題を出題すると,現在のユーザー層には露骨に嫌がられるという現状があります.一度,そうした問題を出したところ,なぜだか特に良く「燃えた」ときがありました.無印だったのがわざわいしてしまったところはあると思いますが,しかし,これは危険な兆候だとは思います.それこそある種の「内輪ノリ」のようなものであって,上に書いたような,競技数学の世界の門戸を閉ざすことにもつながりかねません.内輪ノリというのは残念ながら得てして楽しいものなのですが,我々はもっと多くの人にOMCを利用してもらいたいと思っています.
 無印や4eの傾向を大きく変えるつもりは毛頭ありませんが,少なくとも4b(あるいは今後生まれるかもしれないより下位分類にあたるコンテスト,今のところはその予定は全くありません)といった入門素材については,より幅広いニーズにも応えていくべきなのではないかと思っています.一つ言いたいことは,謂れの無い4bへの文句を上位層がとやかく言うのは,できればよしてほしいということです.そりゃあ,レートが2000とかある人にとって,4bが真に面白いはずがないではないですか.もし面白かったらそれは入門素材には不適というものです.

補足:確かに書き方も悪かったですが,別に「今後は受験数学もビシバシ出すぞ」と宣言しているわけではありませんからね.数オリ的な問題は良い,受験数学的な問題は悪いなどと,画一的に切り捨ててしまっては,ここまで指摘してきたようなことと完全に同じ過ちを犯しているという話であって,実際に我々が出すかどうかは別問題です.あくまで受験数学というのは例として出しただけです(それ以外にこのように一言で便利に括れるカテゴリーがあまり見つからないゆえです.そもそも受験数学という語じたいも,実際にはあまりに広すぎて危険です).

 不備が連発していた初期の反省から,当面はコンテストの運営が健全にやり続けられるような体制づくりに専念しようという旨を,運営の中では掲げてやってきました.具体的には,1年間は不備を出さないようにやろうと言っていました.tester制度の拡充などによって,これは達成されつつあります.実務面が盤石になった今,拡大に向けて理念について本格的に考えていかねばならない頃合いではないかと思っています.
 なお,writer・testerに関連して現状の制度が抱える問題点については,続編で論じました:
fuma-maple.hatenablog.com

 改めて,皆さんご協力本当にありがとうございます.これからもどうぞよろしくお願いします.
 もし意見などあれば,お気軽にお寄せください.